「東京暮らしの無職夫婦」のツマです。
ふたり無職になってから、毎日すこしずつ“やるべきこと”を積み重ねながら暮らしています。
今日はすこし話題を変えて、「マッチングアプリ婚」について書いてみようと思います。というのも、わたしたち無職夫婦は、いわゆるマッチングアプリで出会って結婚しました。
今でこそ珍しくないけれど、アプリで出会って1年ほどで結婚することに驚かれることも多かった気がします。
出会い方が特別だったわけじゃない
正直に言うと、「運命的な出会いだった!」とか「アプリ最高!」みたいな話ではありません。お互いに
- 仕事が忙しかった
- 出会いの場が少なかった
- 紹介も合コンも疲れていた
そんな理由で、たまたまアプリを使っていただけ。
メッセージをして、会って、話して、
「この人とは無理しなくていいかも」と思えたのが、今の夫でした。
一方で、マッチングアプリで出会ったとしても、相手を“運命の人”と感じることはあるのではないか、と個人的には思っています。
アプリ婚=楽、ではない
よく、「アプリなら効率的でしょ?」「条件で選べるからいいよね」と言われることもあります。
たしかに、プロフィールや条件で“入口”は整理されています。出会い方の効率も多分いいほう。でも実際は、会ってみないと分からないことだらけ。
- 文章の印象と実物が違う
- やり取りが続かない
- 価値観が噛み合わない
そんなことの連続でした。
むしろ「合わない」と判断する作業が多くて、心が消耗する場面も多かったです。また、複数の人と同時進行でやり取りすることもあり、混乱してしまうこともありました。
決め手は「居心地」だった
この人と結婚しよう、と思った理由はとても地味です。
正直、事実婚で良かったのですがさまざまな事情から法律婚を選択した話は、またいつかお話しできたらと思います。
- 沈黙が気まずくない
- 無理に話題を探さなくていい
- ダメな自分を演じなくていい
今、無職夫婦として過ごしている日常を振り返ると、
この「居心地のよさ」が一番大きかったなと思います。
収入が不安定な時期でも、体調を崩した時でも、
「ちゃんとしていない自分」でいられる。
出会い方より、その後どう過ごせるかの方が大事でした。
マッチングアプリ婚に思うこと
マッチングアプリ婚については、賛否が分かれる話題だと思います。
- 抵抗がある人
- 向いていない人
- 嫌な経験をした人
それぞれの事情があって当然。
だから、「アプリ婚が正解」と言うつもりはありません。
ただ、出会い方が多様になった今、アプリもそのひとつの手段なだけ。
恥ずかしいことでも、特別なことでもない。そう思っています。
今思うこと
結婚生活を続けるなかで感じるのは、
出会い方より「しんどい時にどう話せるか」「安心して弱音を吐けるか」
その方が、ずっと大事だったということ。
マッチングアプリ婚でも、そうじゃなくても。
誰かと暮らす選択をした人が、
自分のペースで関係を育てていけたら、それでいい。
「夫婦」になってはじめて一緒に過ごすクリスマスである今日は、そんなことをふと思いました。
今日はここまで。ではでは!
ポチッとしていただけると励みになります!